リヨン日本人会短歌クラブ
by リヲンのつばさ
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第十三回歌会報告(2013年7月1日)

みなさま、こんにちは。

7月も半ばに入り、フランスはすっかりヴァカンスモードですね。
みなさまいかがお過ごしでしょうか。

7月の歌会の報告です。
お世話役・司会を務められたI.I.さんに執筆頂きました。

I.I.さん、ありがとうございました。

みなさまどうぞご鑑賞ください。

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二〇一三年七月一日「リヲンのつばさ」歌会

参加者:I.M. G.N. S.M.(体験)、T.Y.さん、Tsu.H. Te.H. T.Y. M.M. M.Y. Y.K.
担当・I.I.

題詠「野」

われ死なば生まれし国に骨(こつ)運び 夕映えのなか野辺の送りを   Te.H.
第一席(八票)
7名からの投票でダントツトップ。外国で生活しているので、身につまされる、とか、他人事ではない、深刻だが美しい結句にも希望があるなどの意見が多かった。ただ理解できすぎの面がある、とも。若い三十台の人はまだピンと来ないと述べ、「骨」が強烈過ぎるので、隠喩で軽くできないかという人も。骨のかわりに何か別の表現は? いや反対に、美化しない部分がむしろいい、野辺送り、が悪くない。コツが硬く乾燥した感じがいいという声も。
最後に、作者は「自分の気持ちではない。野辺の送りという言葉から探し出しただけだ」そうだ。


とほく来て放てば我のたましひは野を吹きわたる風のひと筋   Y.Y.
第二席(五票)
たましいをはなつというイメージ、広い野原で放つ、風ににのって、という魂の擬人化。体からでていって、軽やかでなイメージがきれいである。さわやか。歌としてきれいで、リズムもいい。「とほくきて」がさびしさを感じさせる。ふと気がついたら一人になっていた……鬱屈から解放、という情景を想像できる。「放つ」という動詞が面白い。鳥のように霊魂が出て行くのはよくあること。
しかしもうひとつピンとこない部分も残る。イメージはあるが、少し抽象的で、具象性・動作に欠ける?


市場(マルシェ)にも庭にも初夏の野山にも「摘んでいけば?」と苺の誘惑  I.M.
第三席(三票)
口語体での現代的な詠い方で、感覚的に身近な日常をほうふつとさせる。結句がいい。今の季節にも似合っている。
上の句が「にも」の繰り返しで、場所ばかりで、最後に動作がはいるのが締めの表現としていい。
イチゴが擬人化されて面白い。具象がイメージをつくり、会話が軽い。色彩もある。今回は「野」で寂しい歌が多いなかで、明るかった。


ゆふぐれのあをき野に出でせつなさの置きばさがしぬ夕星(ゆふづつ)みつつ M.M.
第三席(三票)
「ゆう」の繰り返しの響きがきれい。ゆうづつ、の余韻もいい。ゆうづつはあまり聞いたことがない。いい歌だが、難しい言葉の使用に少し疑問という読者も。また、「せつなさの置きば」がきれいで、柔らかい音の巧みな作り方である。ただ、余韻はあるが発音的に難しいかなという意見、また古典的に作ろうとした努力がみれるが、抽象的な点があるという声も。わかりにくい、すっと頭に入らないので苦手という人もあった。

野に遊ぶ子らは花摘み蝶追いて見上げる空の青忘れまじ Z.T.
第四席(二票)
わかりやすくていい歌。絵のようなイメージが浮かぶ、考えなくてもイメージが出てくる。
昔の子供たちの様子か、過去のイメージなのか、あるいは良き時代のイメージ、それとも作者の思い出? といろいろな想像がだされた。花札の世界か、テットドール公園のイメージか、と色々の意見。
「青忘れまじ」がポイントで、そこの作者は希望をたくしたと読めた。 作者の子供らに対する願望、感嘆している姿、優しい願い、親の感情、また色彩感覚がゆたかでおもしろい。
「まじ」の意味について少し議論があった。忘れてほしくないという作者の願いなのだろう。
「野、子供、花、蝶、青空」は少しステレオタイプという声も。

武蔵野に嫁ぎし吾子を思ひゐる母に逢ひたりパリの夜更けに   H.T.
第五席(一票)
繊細さが溢れていて、不思議な感じがいいのだが、登場人物の相関図がもう一つわからないままだった。「吾子は自分の子で、パリに母が会いに来た、だけど母は妹のことばかり話すという兄の嫉妬」とか、あるいは「三世代の話、おばあちゃんがパリに来た」、または「別の母子(娘は武蔵野に嫁いだ)がいてパリに住んでいて、その人に会ったというだけ」とか想像がひろがった。あるいは母の前で切れてる?という意見もあったが、状況を理解する方に頭が費やされてしまったので歌として不利。後で作者に聞いてみたいという結論に。

-佳作-

公園の緑の野にも花開き輝く色に響く歓声  
歌を読んで直ぐに心に思い浮かべることができる情景だが、インパクトが弱いように思える。なにか問いかけがあるのでもなく、ああそうかで終わってしまう。公園の緑の野、「野」を入れるためなのか? でも歌として、きれいにまとまっている。そこからもう少し膨らませて広がりを持たせてはどうかと言う声があった。また全体に、中心となる対象が分散していて、緑、花、声、何が言いたいポイントと焦点が絞れないという意見もあった。


心遣り(こころやり)君が守りし山野草 咲かせし花の小さく、淡く 
「山野草」は名もない草ということで、庭あるいは野生の草花を大事にしたというのが背景なのだろうか?「心やり、君、淡い」がやさしい感情を示している。 誰かに対する恋心とは読めないか? 最後がすこししりつぼみ、という意見もあったが、逆に最後がひっそりしているのが良いという人も。「淡く」が良い悪いを分けている感じである。
別の読み方として、グリーンピースのような環境派の人の歌とも読める。「野の花を守れ!」と主張する林野庁の主人について妻が詠った! 自然を守ろうとした人、環境保護? あるいは心の中で何かを守った。動詞が最後にきたらどうだろう、という意見も。


骨盤にひびくねいろは野をわたる雁のなきごえ 恋いしかりけり  
「骨盤」はインパクトある言葉であるが、その後、雁のなきごえ、恋しいといった叙情系の言葉に流れたのが惜しい、そしてその関係が離れすぎている、という意見があった。
唐突で面白く、甲高い鳥の鳴き声が骨盤に響く、しかし唐突に「恋いしかりけり」がすこしずっこける。結句は別の形がいいのでは、とも。骨盤は愉快な音、という面白い意見もあった。雁の鳴き声は人の赤ん坊や肉声に近く、骨盤の響きにつながる。骨盤=女性、母親の叫び声、リビドー、生まれる前の場所、子宮、深層心理、、、までいろいろ。 骨盤に響くのは赤ちゃんが蹴る感じという読みもあった。「恋しい」は「さびしい」に近い。 回帰願望の雁の鳴き声か。


戦いて露と消えし亡骸は野花に抱かれ弔われしや 
すっと理解できて情景がいい。戦中の太平洋の島のイメージが心にジンと来るし、現実感のある歌でもある。南洋の島をおもう優しい歌。無駄な言葉もないし、イメージがきちんと収まってる。字足らず? だが、 あまり気にならない。すっきり、骨太。しかし、もうひとつ、それ以上は広がらない。


野バラには棘があるのよ肌を裂く赤い花弁と裏腹なサガ 
野バラには棘は少し陳腐だが、 赤い花弁、「あるのよ」「肌を裂く」、、などは強烈。強い、血が飛んでるイメージ、人にはどろどろと隠されている部分があるのか?
野バラは花は小さいがびっしりと棘が多いのだそうだ。サガ、は人の性、あるいは伝説の意味もあり、カタカナであるのが面白い。「裏腹」の意味に議論が集まった。
作者の話では、「ノバラ姫」の御伽噺、刺されてしまう眠り姫のバージョン。童話。優しく素朴だが、その反面、棘が多い。内面は裏腹な心を隠している。


はりつめた月の光に背を向けて野の端見すえ一歩ふみ出す 
上の句がいい。でも場面のリアリティが薄い。端まで見える、とはどういうことなのだろうか。歌のために考え出した情景らしい。ちょっとわかりづらい情景。野の端、荘厳な意思的な踏み出す静かな行為、ぴんと張った情景、何かの決心はわかるが、核心がぼけて、幻想的なままで終わっている。「背を押されて」だったらどうだろうか。
月の光はメタファーで、何か物と決別することを言っているのか?
決意で一婦踏み出すは弱いのではという意見も聞かれた。



自由歌


背向(そがひ)から君を見るとき兆しきて恋は総身をつらぬく力  Y.Y.
第一席(四票)
その昔、こういことあったよね、という懐かしい、若い感じがいいという意見。きゅんとする。恋している姿がうらやましいし、特に後半で発展する部分がいい。
少し反対意見として、きれいなだけ、力が弱いか。 前半は響きがいいし、背中から兆しの捉え方は面白いが、最後が、説明的で観念的。もう少し動作、具象で? いや、逆に後半がいいという意見も。ただし、難しい言葉はいらないのではないか。「そがひ」は珍しい…などなど。
音読した場合、「そがひ」は疎外にとられないか。男性が見ているという意見と、女性が見ているという意見があった。総じて「視点の置き方はすごい」と。

雨あがり苔ふくらみて光さしかそけきものら繰り出す朝 (あした)  Z.T.
第二席(三票)
上手な歌でたくみ、情景が美しい。かそけきもの、小動物、昆虫、などが出てくる情景がいい。
慈愛、優しさ。素直でいやらしくない。コケがふくらむ情景を観察しているのが美しい。また繰り出す、その動作を捉えた朝の繊細な視線。バランスもいい。


駆け抜けた時そのままの君の背をオトナサイズに探す初夏の日  M.Y.
第二席(三票)
現代的で巧みな作。幼馴染の記憶、恋心を抱いた昔の人が、その後どうなったかというのを詠っているのか。「オトナサイズ」の表記、表現がいい。恋しい人、昔の彼、あるいは子供? いろいろな意見が出る。
そして、過去のことでなく現実ではないのか。 自分の子供の歌では? この子は大きくなったらどうなるんだろう、とも取れる、という意見。過去に対する感慨として「かけぬけた時」がいい。


よせてひく銀色の波白鳥は宇宙の渦の弧にたたづみて  M.M.
第二席(三票)
きれいであるのだが、判りづらい。巨大な宇宙なのか。公園の池の波、渦なのか。その端に白鳥、宇宙が唐突でわかりにくい。星座表の中の白鳥なのだろうか。 それとかけわせたたものか、とクエスチョンマークが続いた。
たたずみの主体は白鳥か、それはどんな格好なのか、銀河、よせてひくものは水の渦なのか、川か湖か、星座かなどなどの疑問。前半と後半のギャップがあるのではないか。

かさこそと、そこここあそこ忍び足 ハリネズミかな、出てきてくれぬ   Tsu.H.
第三席(二票)
かわいい、ありふれた情景だが面白い一瞬をとらえた歌。音のリズムもいい。ハリネズミの可愛さもある。「詠んだ人は猫だ」つまり、「出てきてくれぬ」と言ってるのは猫だ。こういシチュエーションには出会ったことがある!という意見も。いろいろ読めるのであるが、ハリネズミが出てこない、というのが面白い象徴なのかも。丸くなって身を守る動物、それは自分ではないのか? 夜にならないとなかなか見られないが、でも見てみたい…。

昨日今日時間だけ去る足早にはっと気づけばもう定年    Y.K.
第三席(二票)
これ、だれの歌だ!? 笑い声があがる。年齢の心境が素直にでている。素直すぎる? 日本人だと定年になったらさびしいと思うだろうからこれはフランス人だという意見が出る。むしろ、サラリーマン川柳か、狂歌ではなかろうか。 短歌は韻がなくなったらメモに過ぎないという意見も。
でも哀愁があって悪くないのだが、「定年」という言葉は使わないほうがいい、いや、逆にインパクトは強い…などの意見がでた。


野良猫であった記憶はありやなしや白い腹見せ眠れるきみに   I.M.
第三席(二票)
面白い。モダンな感じ。野良猫と赤ちゃんを重ねてる。 ほのぼのとしていい。白い腹は誰か? 猫だろう いえいえ、奥さんがだんなの昼寝の姿をみて歌ったのでは! で、大爆笑。安心しきっている無防備な姿に違いないのだが。でも若い恋人よりも、だんなさんの腹のほうがぴったり。猫の場合、「きみ」は猫で、腹が白い猫、野良猫だったことの記憶を訊ねている情景。野生には戻れないのでは。
「だんなが奥さんを詠んだとは考えられないのか、あるいは妊婦?」。「うちの嫁さんの昼寝の姿」とも。「私が拾ってあげた猫…」表現として「ありやなしや」が重い。
作者は、いろいろ読み方があるけど、猫、そして子供でもある、とのこと。

浮かばない才能なしと悟りしも捻りにひねりて愚作が一首  G.N.
第四席(一票)
なんやこら? という声。ひねって、一首出たのは実感がある。漢字とひらがなをい使い分けている。
共感しますという声も。ただ、自虐でないほうがいい、むしろ下の句は「傑作が一首」のほうがいい、という意見も。


照らし出すスーパームーンの質量を隣の影の免罪符とす  V.R.
第四席(一票)
わかりずらかった。大きく見える月。でも投票したが意味はわからないけどリズムがいい。スピード感がある。影は何、光と影? 免罪符の意味は? 意味のつながり? などと意見が交錯した。
隣の影の意味、誰かいてその人の影なのだろう。 (説明はほろよいの会で…)
作者は、「日向をいく私、隣の人というのは、一緒にいてはいけない人!なのです!」 そしてその影。どういうことかといえば、 質量は大きさの表現だと。ドラマ風に作りたかったのだそうだ。

歳重ね 淀み重ねし わがこころ 底に潜むは はて蛇か玉か  Te.H.
第四席(一票)
「蛇」(じゃ)は強烈だが、人はそういう感じになるときがある。
中国の古典の発想にある。 新しい発想ではない。深層心理的、悪のイメージ、恐怖。
人間には結局のところ善良の両面がある。 「歳重ね 淀み重ねし」の畳みかけがいい。
説明的過ぎる。字空けはわざと? 一歩一歩の感じがいい。

-佳作-

爪弾ける弦のファ音の谺せり金曜夜のサン・ルー・サン・ジル  
美しい繊細な歌。金曜の夜のギターコンサートだろうか。 哀愁がある。「サン・ルー…」は音がいい。グループ名か、ダンスか? 流れるようなきれいな歌。ファ音はむしろ短調。「谺」が読めないひとが多かった。サン・ルー・サン・ジルは何だろう?(レ・アール近く、サン・ドゥニ通りの古い教会)


ティラミスの約束のごと ここちよく甘くはかなく騙されたくて 
ティラミスって何? ええ……あの、甘っとろいイタリアの菓子、そう、もともと「私を天国につれてって、元気づけて、引っ張って」という意味のケーキで「甘い約束」の象徴。ケーキの意味が分からなかったので「歌全体の意味がわからなかった」。だまされてもいい、という決意までは読めなかった。ちょっと歌謡曲っぽい


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I. I.さん、ありがとうございました。

8月の歌会は5日(月)
題詠は「指」です。

ヴァカンスでお出かけで参加できない方も、詠草だけでも出して頂ければ幸いです。

みなさま良いヴァカンスをお過ごしください。

M.M.
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by tankalyon | 2013-07-15 18:28 | 歌会報告